『いろは坂事件』羽生善治、佐藤康光、森内俊之の将棋界の珍事まとめ
この記事では、将棋界の珍事件「いろは坂事件」を紹介しています。
この事件は羽生善治、佐藤康光、森内俊之という大棋士三人の最初で最後のドライブのお話しです。
時は羽生六冠が谷川王将に挑戦する王将戦第二局。
1995年あたりかと思います。
車の免許を取ったばかりの佐藤は森内を王将戦第二局の観戦に誘ったそうです。
その王将戦が行われているのは栃木県日光市。
免許取り立てで、とにかく運転したい佐藤は自身満々でこう言いました。
「私の車で行きましょう!」
こうして佐藤、森内の二人は佐藤の車で王将戦の会場に向かうことになります。
佐藤にとっては将棋の勉強にもなるし、車の運転の練習にもなる一石二鳥の一日でした。
しかし、会場に行く途中に待っていたのは凍結した「いろは坂」。
なんとか行こうとする佐藤ですが、スノータイヤもチェーンも付けていないその無理攻めを、森内は必死に咎めます。
「ここはバスかタクシーで行ったほうがいいんじゃない?」
車の冬装備という定跡を知らない佐藤の攻めは、森内にいなされてしまい、車を降りてタクシーで行くことになりました。
そして、無事に王将戦の会場に着いたものの、谷川の快勝で王将戦は午後3時には終わってしまいました。
打ち上げも5時頃には終わり、佐藤と森内の2人が帰ろうとなった時に、もう一人帰りたそうにしている人物がいました。
そう。羽生です。
羽生という新たなメンバーを加え、いろは坂事件は怒涛の終盤戦に突入します。
帰り際、なにを予感したか谷川がとても心配そうに「お気を付けて」と声をかけたそうです。
谷川の言葉を胸に、羽生、佐藤、森内の三人は佐藤の車のあるいろは坂の下まではタクシーで、そこからは佐藤の車で帰路につくのですが…。
途中、首都高に入ると、なんだか佐藤の運転が怪しい…。
トラックに囲まれたり、右に寄ったり、左に寄ったり…。
明かな佐藤の疑問手に、羽生が確信を突く一手を言い放ちます。
「佐藤君、高速は初めてじゃないよね?」
その全てを読み切ったかのような一言に「お願い、初めてじゃないと言ってくれ!」という願いを感じます。
それに対する佐藤の切り替えしの一手がすごかった。
「いや…実は高速どころか、夜の運転自体初めてなんだ。」
この羽生の読みを超えた佐藤の一言で、羽生玉、さらには森内玉にまで必死がかかりました。
そこから、車内は投了近しの無言のお通夜状態。
盤上では端歩を突くのにも、慎重に時間かける佐藤のことを思うと信じられないくらい大胆だ。
初高速道路に初夜ドライブ!しかも同期を道連れ!
当時のことを森内はこう振り返る。
「怖かった…運転手の佐藤さんが怖がっているので、乗っているこっちも怖かった…。」
そのあと、安全運転に徹しているはずなのに焦っている佐藤の運転で、なんとか何事もなく羽生宅に到着したそうです。
羽生はそれ以降、佐藤の車に乗ったことはない。
そして、もちろん羽生、佐藤、森内の三人で車に乗ったのもこれが最初で最後となりました…。
これが将棋界に伝わる「いろは坂事件」です。
もし、事故にでもなっていれば、将棋史は変わっていたことでしょう。